私は高校を卒業して就職しました。親元を離れて大阪の会社に就職し、18歳の春に初めてのひとり暮らしをスタートさせました。
このブログを書いているのがちょうど4月。30年以上前に住んだあの部屋のことを、改めて振り返ってみます。
寮完備の会社へ就職。そして念願だった初めてのひとり暮らしがスタート。
田舎暮らしだったこともあり、都会へのあこがれは強烈でした。高校卒業後の進学は考えていなかったので、寮完備の会社へ就職することが都会でひとり暮らしをするための近道でした。
私が高校生の時はまさにバブル真っ只中。日本全体が超絶イケイケ!企業も絶好調で業績もよく、今では考えられないような時代でした。
景気がよかったのでどこの会社も人手不足。高待遇の求人を出さないと人が集まらないので、私が住んでいた田舎の高校にも東京・大阪の企業が「寮完備」という条件でたくさんの求人をもってきていました。
そんな時代背景もあり、1990年代前半に私は大阪・堺市で初めてのひとり暮らしをスタートさせました。
会社が借り上げた1Kタイプマンション。とてもきれいな部屋だった。
大阪メトロ(当時は大阪市営地下鉄)御堂筋線の北花田駅にほど近い3階建ての1Kマンション。新築だったのでとにかくきれいで、入居したときの感激は今でも覚えています。
また、この部屋でとくに感激したのは、シャワー付きの独立したお風呂と洋式水洗トイレ。私の実家はとても古い戸建てで、お風呂はシャワーなしの追い焚きタイプ、トイレは和式でした。毎日シャワーでお風呂に入れる生活が本当に嬉しかったことを思い出します。
さらに、南向きだったのでとても明るい部屋で、バルコニーの目の前は平面駐車場。遮る建物が一切なく、朝日を浴びる生活は快適そのものでした。
それからこの部屋、なんと「USEN(有線放送)」が付いていました。しかもスピーカーが部屋に据え付け!バブル時代を知っている方にはピンとくるはずです。なつかしいですね!
この部屋、いったいいくらだったのだろう?寮費は驚きの1万円!
会社の寮としてこの部屋に住んでいたので、当時の実際の家賃はわかりません。新築ピカピカだったことを考えると、共益費と合わせて6万円台だったのではないでしょうか。
私の場合は給料天引きで寮費が引かれていましたが、その金額はなんと1万円ポッキリ!水道・光熱費込みです。今の時代では絶対にありえない破格の待遇です。
寮という形だったので、生活必需品はすべて会社が揃えてくれていました。
- 冷蔵庫
- 洗濯機(2槽式。当時はまだ全自動の普及率が低かった)
- ベッド
- 食器棚
- 食器類とフライパンなどの調理器具一式
まさにバブル時代の恩恵そのものですね。今の時代でこんな高待遇の会社は聞いたことがありません。
とても良いアパートだったが、問題点もいくつかあった。
駅から徒歩3分ほど。大阪では超メジャーな地下鉄御堂筋線の沿線駅で、家のすぐ近くにはコンビニ、少し歩けばスーパーもありました。
部屋の広さは約7畳ひと間にバルコニー付き。会社から至れり尽くせりの待遇で住めたことは、今思っても本当にラッキーでした。
でも、良いことばかりではありません。困ったことも当然ありました。
①収納スペースがいっさい無い
まず、収納スペースがいっさいありませんでした。実家からもってきた私物を収納するスペースがないのです。
ベッドが引き出し付きのタイプだったので、たためる洋服や小物類はその中に収納。でもスーツやボトムス、ジャケット類はハンガーラックが必要です。
仕方がないので入寮後すぐにハンガーラックを購入しましたが、初任給もまだもらっていない18歳の私にとっては痛い出費でした。
7畳ひと間に洗濯機以外の生活家電と家具がぜーんぶ入っていたので、生活スペースはかなり限られていました。でも当時はそのごちゃごちゃした空間がなんとも楽しく、狭さはあまり苦にならずに楽観的に生活していました。
②コンロは電熱。とにかく火力が弱くて料理が大変
キッチンのコンロは電熱タイプ。蚊取り線香のようなクルクルした電熱コンロで、当時のワンルームマンションではメジャーなタイプでした。
今はIHという便利な電気コンロがありますが、IH以前の電気コンロはこれが主流。ガスコンロしか知らなかった私は、このコンロを使いこなすのに相当苦労しました。
温度出力は1〜5まであり、5にしてもすぐには温まらない。やかんいっぱいのお湯を沸かすのに15分ほどかかるわ、炒め物をしても火力が弱すぎてベチャベチャになるわ。それでもなるべく自炊して節約したかったので、18歳の私は健気に料理を頑張っていました。
でも一度、大変なことがありました。ある朝、フライパンを電熱コンロで温めていたのですが、なんとそのまま出勤してしまったのです!
帰宅してドアを開けた瞬間、なぜか部屋があたたかい。靴を脱いで部屋に入ってみたら、コンロまわりが熱い!すぐに状況を理解、急いで電源をオフにして熱々のフライパンを水に浸してひとりでパニック状態に。
幸いにも火事にはならずに事なきを得ましたが、あれは本当に怖かった。あの経験以来、火の元には細心の注意を払っています。
居住期間は7か月。なぜ出ていったのか?
仕事は大変でしたが順調でした。同期とは仲良く、上司にも恵まれていました。
しかし、私は入社してわずか7か月で退職をしてしまいました。
理由はいくつかありましたが、決め手は「大阪市内の都会に住んで、自由に仕事をして生活をしたい!」という強い気持ちでした。
なんせ18歳。退職時は19歳になっていましたが、10代の私は有り余る体力と活力、好奇心と探究心がとても強かった。大阪ミナミが大好きになり、ここに近い場所に住んで自由に仕事をしたい。
その思いが日に日に強くなり退職を決断。
退職=退寮なので、大好きだったこの部屋とはわずか7か月でさようならをしました。
この物件の詳細と現在の家賃はいくら?
最後にこの物件の詳細をまとめます。当時の寮費と現在の推定家賃をあわせてご紹介します。

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪府堺市北花田 |
| 交通 | Osaka Metro御堂筋線 北花田駅 徒歩3分 |
| 専有面積 | 18.0㎡ |
| 間取り | 1K(洋室6.9畳) |
| 所在階/階数 | 2階/3階建て |
| 当時の寮費 | 1万円(水道・光熱費込み) |
| 現在の推定家賃 | 4.0〜4.4万円(AI予測賃料) |
築30年以上ということを考えると、現在の家賃4万円台は妥当な水準だと思います。バブル時代に寮費1万円で住んでいたことを思えば、隔世の感がありますね。
(広告)初めて賃貸物件に入居するときに必ず必要になるのが火災保険です。不動産屋からすすめられる保険にそのまま加入するよりも、比較診断サービスで最適なプランを選ぶのがおすすめです。
まとめ:初めてのひとり暮らしで学んだこと
初めてのひとり暮らしを振り返ってみると、バブル時代という特殊な背景があったとはいえ、恵まれた環境でスタートできたことがよくわかります。
- 収納の有無は必ず確認すること。クローゼットがない部屋は生活がかなり不便になる
- コンロの種類(ガス・電熱・IH)は内見時にチェック。料理好きな方はとくに重要
- 寮付き求人はバブル時代の特権。今の時代なら同条件の物件を自力で選ぶ必要がある
- 「合わなければ動く」という決断力が、その後の人生を変えることもある
19歳、今度は初めての物件探しに挑戦。
退寮(退職)前ギリギリに、次に住む部屋を探すために初めて不動産屋へ。右も左もわからない19歳の初めての物件探し体験は、シリーズ第2回でご紹介します。
