18歳で親元を離れて単身大阪で生活をすることに。住まいは当時の会社が用意してくれた大阪堺市のワンルームマンション。その会社もわずか7か月で退職をしたので、次なる住まいを急遽探す状況となりました。
とにかく時間がなかった。あせって不動産屋に駆け込む。
若かった私は後先のことを何も考えずに、次の住まいを決める前に退職を決めてしまいました。
退職と同時に住んでいた寮も出ていかなければいけないので大急ぎで物件を決めなければいけません。
そして次の物件で絶対に譲れなかった条件がこちら。
- 大阪ミナミへ自転車で30分以内で行ける場所
- 駅からできれば近いところ
- 家賃5万円以下
- 風呂トイレはセパレート
願いを叶えてくれる物件は必ず見つかる!そんな希望を胸に秘めて、19歳の私は大阪難波のど真ん中にあった不動産屋へ行きました。
そこで複数の物件を紹介されましたが、やはり条件通りの部屋があるはずもなく。
時間もなくて、この日に決めたかった私は妥協に妥協を重ねて、大阪市西成区花園町にあるワンルームマンションに住むことを決めたのです。
ミナミには近くなったものの、問題だらけの部屋だった。
ミナミへは自転車で行けて駅から近い場所ではありましたが、家賃は5.2万円で少しだけ希望よりも高くなり、風呂トイレセパレートではなくユニットバス仕様。
それでもこの妥協点をはるかに上回るくらい、自転車で都会へ行けることが最大の魅力でした。
それからうっすらわかっていたことですが、ミナミにほど近い場所で私の条件が全部そろった部屋なんて、あるわけがない。仕方がない。そう言い聞かせて勢いでこの部屋に決めてしまいました。
それでも19歳の若い盛りの私は、ミナミの繁華街に自転車で行けることが本当に嬉しくて、最初のころは楽しく生活を送ることができました。
でも妥協をしまくった部屋だったので、1か月もしないうちに喜びよりも苦痛の方が大きくなってきて、この物件に決めてしまったことを激しく後悔したのでした。
この部屋のメリットは振り返ってみても本当に少なかった。
そんな問題だらけの部屋でも、ミナミに近いこと以外にもひとつだけメリットがありました。
そのメリットは「オール家具付き」です。この部屋はあらかじめ以下の家具が全部付いてました。
- ベッド
- 冷蔵庫(ホテルによくあるミニ冷蔵庫)
- テレビとテレビ台
- 洗濯機(二槽式)
前回の家は会社の寮。家具を持ち合わせていなかった私にとって、これはとても助かりました。
これ以外のメリット、本当に今でも思いつきません(笑)
デメリットは数え切れず。1階だったことが最大の致命傷。
仕事を辞めてからは、フリーターとして生活費を稼いでいました。朝も昼もバイト三昧だったので、この部屋は寝るだけだし採光がなくても大丈夫だと思っていましたが、これが一番堪えました。
人間やはり日光を浴びなければ不健康になります。とにかく気分が鬱屈するんです。
朝がきても昼がきてもこの部屋は薄暗い。バルコニーの窓を開けてもとなりのマンションの壁。
なので、バイトが休みの日は外出したり、近所の公園で雑誌を読んだりして日光を浴びていました。天気が悪くても日中この部屋にいることが嫌だったので、できるだけ外に出るようにはしていました。
今思い出してもこれは本当にとてもきつかったです。
めちゃくちゃせまい。居住スペースはたったの4畳。
繁華街に近くて家賃を5万円ほどで収められる部屋は当然せまい。玄関・キッチン・ユニットバス・居住スペースがぎゅっと詰まった感じのレイアウトだったので圧迫感がとにかくすごかった。
こんなせまい部屋だったので、壁も当然薄くて隣の人のくしゃみまで聞こえる有り様。友達を連れてきたら壁をドンドンと鳴らされたり、直接文句を言いにきたりと隣人トラブルも発生。
ユニットバスだったのでシャワーを使うとトイレスペースへの湿気がすごいし、換気扇を回さないとすぐにカビが発生。部屋全体がさらに湿気がこもる状態に。
そうでなくても採光がない部屋なので、カビ発生を防ぐために窓を常に少し開けるなどして対策していました。
居住者のモラル。住民の民度は地域と家賃価格で決まっていた。
ある日のこと。
外に干していた洗濯物の一部が無くなり、ポストにはそのことが書かれた手紙が入っていました。
大家さんにはすぐに連絡し、調べてもらったら入居者にとても個性的(?)な方がいて、その方がやったことがわかりました。どうやら常習的にそのようなことを複数人に行っていたとのこと。
大家さんからは「仕方がないよ。私からちゃんと返すように言っておくから。」と言われましたが、そういう問題ではないのでは???と思いつつ、当時はそれでいったん気持ちを収めることにしました。
このことがあった数カ月後、今度は自転車が無くなりました。ただ、この自転車はすぐに見つかりました。ところが、見つかった場所がとても衝撃的で。
私の自転車は、なんとこのマンションの屋上にあったのです!!誰がなんのためにこんなことを???
そして大家さんからは、「入居者のイタズラなのでそんなに深く考えなくてもいいよ。」と言われる始末。
この時、この家から出ないとヤバイと本気で考えるようになりました。
1990年前半の周辺地域の治安。
現在の西成区は、外国人観光客をはじめ、国内からもたくさんの方々が訪れる観光地となりました。
安くて美味しい昔ながらの飲食店がいっぱい。ディープな大阪を体験できる魅力満載の街になっています。
でも私が住んでいた90年代前半は今よりも遥かに混沌とした地域でした。
少し離れた萩之茶屋方面で初めて見た炊き出しに並ぶ人々や、たくさんの日雇い労働者のおじさんたち。現代とはまったく違う形で賑わっていました。
まだ19歳の私はこの強烈に個性的な街に溶け込むことができず、とにかく早く引っ越しをしたくてたまらなくなったのです。
引っ越しを決意した決定的な出来事。
ある日、バイト仲間から「大丈夫だった?」と突然言われて、なんのこと?と聞いてみたら、前日に私の住まいから徒歩5分くらいの場所で大きな事件が発生していました。
いつか自分も巻き込まれるかもしれない。
私のひとり暮らしを応援している両親を悲しませたくない。
この家はもう出よう。20歳になったばかりの夏、そう誓った出来事でした。
この物件の今は?
西成区花園町の狭小マンションには10か月住みました。調べてみたらこのマンションはいまだに健在。

| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 所在地 | 大阪市西成区花園町 |
| 交通 | Osaka Metro四つ橋線 花園町駅 徒歩3分 |
| 築年月 | 1988年 |
| 建物構造 | 鉄骨造 |
| 専有面積 | 13.35㎡ |
| 間取り | 1R(部屋全体で7畳) |
| 所在階/階数 | 1階/6階建て |
| 当時の家賃 | 5.2万円(家賃+共益費) |
| 現在の推定家賃 | 3.6万円 〜 4.1万円(AI予測賃料) |
築年数約40年でとても狭い。現在3万円台の家賃はかなり妥当です。
つくづくよくこんなところに住んでいたな、と自分でも感心します(笑)
わずか10か月の間に普通では経験ができないことをたくさん味わえた日々。10代の私にとってはとてもきつい日々でしたが、この経験でかなり根性と生活力はつきました。
次は20歳で借りた部屋についてお話をしたいと思います。
まとめ:西成区の10か月で学んだこと
- 焦って決めた物件は必ず後悔する。退職前に住む場所を確保しておくことが鉄則。
- 1階の部屋は採光に要注意。採光ゼロの生活は想像以上に精神的にきつかった。
- 安い家賃にはそれなりの理由がある。狭さ・ユニットバス・薄い壁・近隣トラブルはセットで来ると思ったほうがいい。
- 家賃と地域の民度はリンクしている。治安が良い場所に住むことは、精神と安全を守ることに直結する。
- 若い頃の苦労は確かに糧になる。10か月で根性と生活力は確実についた。
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